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mopetto2012のブログ

朴裕河氏が『帝国の慰安婦』を著しました。私は、そこに差し出された「新しい偽善のかたち」から誤謬の一つ一つを拾いつつ、偏狭な理念に拒否を、さらなる抑圧に異議申し立てをしていくものです。

朴裕河『帝国の慰安婦』 批判(4)歴史修正主義者の「良心の呵責」と「罪責感」

ポストコロニアル研究は、常に問題含みであると思うのです。それは、現代史を扱う難しさにあります。「すべての選択がまだ可能であった時期」を人々が覚えていて、人々は、もしかすると別様に起こったかもしれない「偶然」を思い描いたりするからです。つまり、純粋に、感情的で非歴史的な反応がついてまわることになります。

 ことに、ジェンダーとしての「慰安婦」問題は、あまたの未解決、ナイーヴな問題を多々含んでいますから、誰もが納得できるように説明するとは至難の業であると思います。

朴裕河氏は、日韓の間に、理想的・調和的な判断を与えようとして『帝国の慰安婦』を著したのでしょうか?しかし、「共に/そして」とは、理論構築無しで〈ファッション化したパフォーマンス〉によって得られるものではありません。

記事Ⅰ・Ⅱ・Ⅲで語りましたが、『帝国の慰安婦』に記述された「歴史」の誤謬は、抹消線をほどこすぐらいでは隠せるものではないのです。そして又、迂闊でしたとのエクスキューズによって許容されるものでもないでしょう。何度でも繰り返しますが、日韓の歴史問題は、もはや火薬庫的争点になっているのです。国際世論までが賑やかに論説しています。そこへ、客観的な「歴史学」の証明、成果を無視して、過去を矮小化したり誇張したりして、あたかも〈審判者〉でもあるかのように登場してきては手厳しく批判されても、やむを得ないことであると思います。

 「帝国」をジェンダーや人種、セクシュアリティの動因によって分析したかったようですが、本書に、>「日本軍のみを慰安婦の加害者として特殊化したことは、運動に致命的な矛盾をもたらした。」とあるように、そもそも「戦争の世紀」20世紀のポスト・コロニアリズムを読み違えているように思います。

 今日、なぜ?世界は「慰安婦」問題に括目するのか!現在、日本は弁護の余地もないほどに追い詰められています。

今回もまた、誤謬に矢を立てて切り込んでいくことになりますが、それは決して朴裕河氏を貶めたいからではありません。『帝国の慰安婦』の波紋こそは、日韓の間に横たわる溝の深さを示すものであるために、これをターゲットにして日本帝国主義」の真相を暴かねばと考えるのです。「異なる言説」であっても互いに交渉して、相互に揺さぶりあいつつ、新しい着地点を見出したいと願っています。

 朴裕河氏は、日韓双方の対立する主張を単純に並置して、喧嘩両成敗のように「どっちもどっち」と言ってしまっているように見えます。それでは、まるで「記憶の暗殺者」のようではありませんか。理非を問わないで「和解」せよとの勧めは、被害者からみたとき、不条理であり納得できるものではありません。

〈暗い谷間の時代〉―加害者としての苦痛

前回述べましたが、朴裕河氏は、2015年2月4日、朝日新聞「文化欄」インタビュー記事において、

>「日本人も国家の戦争に協力したが、結果として多大な犠牲者を出したのは事実。個人としての痛みや加害者としての苦痛を想像してみると心に余裕ができるはず」応えていました。

 ところで、2014年10月21日、朝日新聞「時事小言」にて、国際政治学者藤原帰一氏が、「犠牲者の記憶が隠す事実」(サブタイトル『戦場を知る責任』)と題して論説していました。文中に

>「すべての戦場で飢餓寸前の状況が生まれたわけではないが、日本軍の兵士が、そして慰安婦が、数多くの戦争のなかでも例外的な極限状況に置かれたことは間違いない。戦争には、加害者と犠牲者があるとしても、それだけで戦争を捉えることには間違いがある。自分の意に反して戦場に送られた者が戦争で暴力を行使するとき、加害者は犠牲者でもあるからだ。」

と書いてありました。まるで朴氏と藤原氏は共振共鳴しているかのようです。

しかし、ここには陥穽があります。15年戦争における植民者と被植民者は、関連してはいますが、それぞれの二つの要素は均衡を欠く異質なものなのです。にもかかわらず、恣意的に一つの網をかけて意味を飛躍させています。

 記憶にはない過去の「罪」を贖えと非難されるとは、闇の中から不意に腕を掴まれるような恐怖であるかもしれません。

 ただ、朴氏、藤原氏の見解には一理あるともいえます。家永三郎先生でさえも以下のように書いています。

>「軍人・軍属について言えば、全てが被害者であるとはいえない。…略…戦死軍人軍属の大多数は国家に対しては被害者と見てよいだろう。…略…兵士たちは、敵捕虜や非戦闘員に対してしばしば残忍な加害者としての姿を示すが、他方、大本営ないし上級指揮官の無謀な作戦計画のため悲惨な死地にかり出されて死んでいくという被害者としての側面がより広範にみられるのである。」(家永三郎『戦争責任』:岩波現代文庫P201,202)

 しかし、ここで注意を促したと思います。〈国家権力との関係において〉は、被害者の側面あると区別して書かれているのです。実は、前掲書『戦争責任』P51では、アジアの国々、「被侵略国」「被占領地」に対しては、

>「日本国家は国際的に法律上・政治上・道義上の責任を免れない」(同上P51)

 と明言しています。歴史を端折ることなく、詳らかに拾い出し「事象」を検証するならば、日本国の戦争責任とは何かが現われてきます。ミッシェル・フーコーは、歴史とは、経験的諸領域の基本的存在様態であって、知の空間においてその出発点となるものであると言っています。

>「〈歴史〉は、われわれの記憶のなかの、まさしくもっとも博識な、もっとも知見ゆたかな、もっとも明敏な、そしておそらくはもっとも雑踏した領界であるが、それはまた同時に、あらゆる存在がそこから実在にまでやってきて束の間のきらめきをみせる、その基底でもあるのだ。略…〈歴史〉は、われわれの思考にとって回避しえぬものとなった。」(ミッシェル・フーコー『言葉と物』新潮社 1974P239)

 今日では、日本で名声のある知識人、藤原帰一氏までもが堂々と、>「加害者は被害者でもあるのです」と、日本軍兵士の被害者性を挙げるに及んでは、日本の〈知の空間〉の未来を杞憂します。

日韓第三次会談1953年10月〈久保田妄言〉以後、時が変わり、場所が変わっても、日本の閣僚から「差別発言」が有象無象に飛び出してきました。昨年などは、安倍晋三首相の肝いりでNHK会長に就任した籾井勝人氏の妄言が世界を駆け巡りました。差別意識は、いつでもニョッキリと貌をみせるのであり、しかも攻撃的です。

ある場合においては「日本は謝罪しました」と弁解しながら、その舌の根の乾かぬうちに歴史の事実を捏造して韓国を侮蔑してきた日本の政治家の妄言。そのような「本音」を発言する政治家の言葉を通じて、《日本のネガティブな感情》は韓国へ伝わっているのです。過去にあった頻繁な感情の噴出を観るとき「何がそうさせたのか」と、思いを馳せます。

藤原氏が指摘するように、多くの日本人は、戦場を知らないのです。まさに、これは日本人の「宿命的限界」(丸山真男『若き世代に寄す』)のようです。そこで、私は、この場で読者の皆さんと共に戦場に降り立ってみたいと思います。

 世界の生ならぬ世界の死―「戦争と兵士」 

次々と積み上がっていく瓦礫の山を眼前に見ながら、戦場は自由の無い「禁止」づくめの空間でした。この戦場という狂気の沙汰は、人間を救いがたい耽溺状態に貶めていきます。軍隊の野営地は、冷酷・無口・無慈悲。あらゆる叫喚で満ちています。兵士は、いつ果てるとも知れない殲滅(センメツ)労働を命じられ、今日も、一段、また一段と前進していくのみです。軍隊の野営地は、監獄に似せてつくられました。(ここは階級社会序列が真価を発揮する)

戦慄するべき血にまみれた焔のなかで、兵士は、迷い麻痺させられて、身体は痩せ、顏は死の相貌です。兵士は、一か八かと繋がって凶暴性のデカダンスに溺れていきます。戦争は、もはや遂行されるのではなく、管理されているのです。

ここで著しく脱線してしまいますが、映画『人間の条件』から〈野営地〉の1シーンを描写してみます。

野営地の宿舎は四角形の防壁で囲まれ、窓はなく非常に狭く、与えられた空間は畳一枚分。

野営地は、監獄のように必ずといってよいほど非行者をつくり出します。自由が剥奪されているにもかかわらず、なおも兵士は、ぬかり無い可視性によって見張られているからです。それは、「良い訓育」(服従強制)の下、個々人の身体を調教しているといえます。義務ならびに軍記のすべての厳密な実践の強要は、制裁、懲罰によって秩序化されているのですから、兵士は自分をとりまくすべてのものに対して〈習慣的な怒り〉の状態に陥っているのです。だから、ここでは密告が横行します。この閉じられらた異常な空間にあっては、ばらまかれる腐敗によっても何がしかの安全が保たれるというわけです。

放蕩無頼な徒が、何かが気に喰わぬと…突如として顏に唾を吐きつけ、拳骨で殴りつけてきます。初め、上官は悠揚迫らぬ態度をとりつづけますが、辺りにも物欲しげな追従者を見つけると顎で許可を与えます。と、やおら〈ターゲットにされた餌食〉は、徒党を組んだ多数者に突き飛ばされ、蹴上げられ翻弄されます。傍観していたもののなかに汚物を投げつける者もいます。

自分の人生で抑圧された恨みの数々が甦ってきて、あたかも積年の敵意を一挙に噴出するように暴力をふるうのです。寝こみを襲われて、ひそかに扼殺されることさえあります。かと思えば、時に上官が許可し僅かの酒を与えるので、酩酊して、どよめき乱痴気騒ぎ。この騒乱のなかで厭世にたえきれず、深夜、便所で自殺した兵士がいました(その兵士は、しばしばターゲットにされてて獣たちに惨たらしく暴行されていました。)

とはいえ、自殺者を出しては兵舎の全体責任です。翌朝、知った一瞬、青ざめたものの、ここは眼界の狭い猜疑者と、ただ目先の利益に腐心する畜生どもが飼われている兵舎です。上官は一匹の蛆虫の死骸のように始末しました。これを見届けると、彼らは速やかに従順になり、互いに従属関係を注意喚起して、怠りなく日常生活に戻っていきます。それは、軍隊としての厳密な規則の下での「軍務」または「見張り」であり、そうして訓練に明け暮れていくのです。その規則とは、今や身体の肉に打ち込まれる釘であり、基盤の目のように縦横に走っています。

>「《命令は命令だ》命令はその本質上、決定的かつ絶対的である。」>「命令を与える者の権力は絶えず増大するように見える」
>「しかし、棘は命令を遂行した人間の奥深くに突きささり、そのままそこに留まっている。人間のあらゆる心理行動のなかで、これほど変化の少ないものは類をみない。命令の内容-その力、範囲、限界-は、命令が最初に発せられる瞬間に永久に確定されたのであり、そして、これは、あるいはむしろ縮小されたその正確なイメージは永久に命令受領者のなかに貯えられ、それが再び現れるまで、何年も何十年も埋没したままになっているかもしれない。」(エリアス・カネッティ『群衆と権力』下:法政大学出版局 

 錯乱した精神がその荒廃を忘れさせるためにいかに恐ろしい事をなしうるのか

実は、戦場では、権力者であっても近づく危険の兆候を感じているのです。何時?部下が逆噴射するように襲い掛かってくるかもしれず、内心、恐怖に怯えています。だから、怖気を振り払うためにも、誰かを見せしめのために殺すのは日常茶飯事のことでした。(その権力者は、犠牲者を処刑したあとで思いついたように罪状をでっち上げることができました。)

かつて人間の生活では野獣的であることは許されなかったのですが、戦場では煽り立てられて野性味を取戻し…次には、死刑を宣告された野獣の処刑を命ぜられるのです。明日、指名される野獣は自分であるかもしれません。ここでは「反復強迫」が繰り返されているのです。

フロイトは軍隊や教会における「集団」形成のメカニズムを分析したのですが、戦争神経症の患者は自らの苦痛に満ちた体験を夢の中で反復するといいます。

>反復強迫とは、過去に起こった外傷体験を反復し、苦痛に満ちた状況の中に自ら身を置くという状況を指しています。反復強迫において、患者は「抑圧されたものを過去の一断片として想起する」代わりに、「現在の体験として反復することを強いられる。」(参考:フロイト『快原理の彼岸』「死の欲動)

 ここで格別に注意を喚起したいのですが、以上で述べたように「軍隊」とは、父系列の氏族関係の基盤にあるということです。ここには、抑圧されているセクシュアリティ、つまりホモソーシャルな欲望が充満しているのです。

ホモソーシャル (Homosocial)とは、それ自体、同性愛と見まがうような強い接触・親愛関係でありながら、男性同性愛者を排除する。そうして女性嫌悪を基本的な特徴とし、家父長制にあるように女性をシャドーワークに貶めて閉鎖的な連帯関係をつくる。(例:軍隊・体育会系のサークル)

戦場では、男性のホモソーシャルな絆によってナショナリズムは発動し、いよいよ〈男性ロゴス中心主義からの欲望が、獣欲ともよべる過剰な性欲が高揚していきます。

フロイトは軍隊や教会における「集団」形成のメカニズムを分析したのですが、戦争神経症の患者は自らの苦痛に満ちた体験を夢の中で反復するといいます。

>反復強迫とは、過去に起こった外傷体験を反復し、苦痛に満ちた状況の中に自ら身を置くという状況を指しています。反復強迫において、患者は「抑圧されたものを過去の一断片として想起する」代わりに、「現在の体験として反復することを強いられる。」(参考:フロイト『快原理の彼岸』「死の欲動」)

 日本帝国主義による掠奪・虐殺・放火、強姦は、枚挙にいとまがないほど報告されていますが、被植民地国における植民者の獣欲ともよべるような過剰な性欲については、その起源が紀元前にまでおよぶことを私たちは認識しなくてはなりません。女性を贈物として、「女だから好きなように」貪り喰ってよいとされた『女性差別』の歴史のなかの文脈まで読まなければならないと思います。

 気まぐれに殺人命令を出す上官。上目づかいで、うやうやしく膝を打って従う僕(しもべ)。この〈比類なき規律メカニズム〉によって、兵士は絶えず監視されているという意識を持たされ、いつの間にか、それを自分自身に対して自発的に働かせて、自らを抑制していきます。

日本軍隊は、このような自己の恐怖をまぎれさせるために「慰安婦」を必要としたのです。前回、「強姦する者の疑問の余地もない優越性」について書きましたが、日本軍隊は、【抑圧移譲の論理】によって「慰安婦」を辱めて吸収しつくして無力な状態に貶めていったのです。

 ※【抑圧移譲の論理】上位者からの圧迫感を下位者への恣意の発揮によって順次に移譲していくことにより、全体の精神のバランスが維持される体系をいう。(「丸山真男の「超国家主義の論理と心理」:1946

兵士のみを注目したとき、その凄惨な悲惨な状況は痛ましいものであり憐憫の情を抱かずにはおれません。が、しかし、勝手気ままに襲い掛かってきた魔物に強姦されつづけ、逃れることのできなかった「慰安婦」との関係において、彼らの行為はどのように名指しされるのでしょうか?

もしも、戦後、その兵士の横に「慰安婦」が立った時、彼は「私もまた犠牲者だった」と言えるのでしょうか?「戦場の狂気」は抽象観念で語って済ませられるものではありません。日本軍「慰安婦」の置かれた状況とは、極度な非日常であり「アウシュビッツ」に代表されるような圧倒的な〈出来事〉に似ていると、私は思います。

「命令は命令だ」―逃走と棘

1945年8月15日、日本国は、敗戦を全人間的に高められた「総懺悔」として演出し、〈敗北〉を内的な勝利として倒錯しようと用意周到に企てました。それらは、世界の形勢を微小な推移まで読んだ上で、そうして実に微妙な駆け引きを重ねて、戦後復興の青写真が完成すると、…後は、インクをこぼして誤魔化してしまう子どものように、彼らは、〈あまたの裏穴〉に身を潜ませていったのです。うんざりした気分の後には眠りがやってくるものです。敗者は、夢の中で悲哀感と無力感の償いをして、そうして目覚めた時、機械仕掛けのように〈記憶喪失者〉になっていったのです。

ニーチェが、日常の「良き人」について明晰に語っています。思い当たるふしがあると思います。

>「習俗、尊敬、慣習、感謝によって厳しく抑制されているこの同じ『良き』人々、さらにたがいの監視と、対等な者のあいだでの嫉妬によって、いっそう厳しく抑制されている人々が、たがいのふるまいにおいては、配慮と自己の制御と親切な感情と忠実さと矜持と友情の細やかな人々が、いったん-外部に向かっては、すなわち自分とは異質なものが存在するところ、〈異邦〉に足を踏みだすと、綱を解き放たれた猛獣と同じようなふるまいを示すのである。」

>「社会の平和という〈檻〉の中に長いあいだ閉じ込められ、囲われていたあいだに生まれていた緊張を、この荒野で気軽に解き放つのである。彼らは猛獣のもつ意識に立ち戻り、怪獣のように小躍りする。彼らはおそらく殺人、凌辱、拷問のような戦慄すべき行為をつづけても、まるで大学生風の騒動をやらかしたにすぎないかのように、意気揚揚と平然と戻ってくるのである。」(ニーチェ『道徳の系譜光文社文庫P64、65)

つまり、人間は、積極的な「忘却」の能力によって生物学的な記憶を抑圧して人間になったのです。前回、『帝国の慰安婦』P221、P222 を引用して【戦場の狂気とエロティシズム】について書きました。

 >「小説の中の慰安婦たちは、強姦される前に『この車輌のなかで、夜ふけだというのに、狂ったように声をはりあげて歌っている』『同じ歌をいつまでもうたってい』たとされる。しかも、彼女たちは強姦されたあと、痛みに耐えかね……略」

ここで、もう少し掘り下げて「男性ロゴス中心主義からの欲望」について考えたいと思います。「錯乱した精神がその錯乱を忘れさせるためにいかに恐ろしい事をなしうるのか」を心に留めておきたいからです。慰安所という〈助けが無い〉『牢獄』のなかで、強烈な殺気が投げつけられ貪り喰うように強姦されていきました。兵士は、痩せ衰えているというのに鬱積していたエネルギーを膨らませて狂奔するように強姦するのです。「慰安婦」は震え、為されるが儘でいる以外になかったと思います。凄惨な絶望です。

にもかかわらず、朴裕河氏は、

>「〈ツカレ〉た身体を奮い立たせてまで、もう一度好きな男を求めずにはいられなかった。」

>「『帝国の慰安婦』たちのなかには日本兵と『愛』と『同志意識』で結ばれていた者もいた」

>「愛と平和が可能であったことは事実であり、それは朝鮮人慰安婦と日本軍の関係が基本的には同志的な関係だったからである」

などと書いています。(P222)強姦されて〈露出したまま〉横たわっていた「慰安婦」…略…の切断された肉体を、凌辱した兵士は、ゴクリと唾を呑み込んで眺めていたのではないか。強烈な殺気を投げつけて遮二無二強姦した男。それは「慰安婦」から見れば侮蔑以外のなにものでもありません。「慰安婦」は、尋常ならざる怖気から獣を忌々しそうに睨み据えていたに違いありません。

戦場における「軍隊」の絆とは、ホモソーシャルナショナリズムというものです。上の考察は、韓国ではジェンダー問題について〈第一人者〉であると自負されておられる朴氏の思想の質が問われる箇所でもあります。

日本国は、兵士の軍隊内の〈差別と抑圧〉からの憤懣を取り除くために「慰安婦」を必要としたのです。兵士は、おのれの生存の欲望を根底から縛られ、時に〈褒美〉をもらっては「戦意」を操られたのです。「慰安婦」たちはそのような兵士たちによって蹂躙されたのでした。

戦場という狂気の沙汰においては、生き延びるために誰もが必死になるのです。(それは本能というもの)。その飽くなき情熱は救いがたい「耽溺状態」を生じさせていき、そうして一種の快楽にまで上昇し、人間は狂気にいたってしまいます。

バタイユ『エロティシズム』第9章、「性的充実と死」に次のような一文があります。人間のエロティシズムに結びついている肉体的性欲は過剰であるが、

>「この過剰は、個体の成長という面から眺めても、純然たる衰滅という面においても、まさしく浪費されている。」

>「私たちの想像力にとっては、最後の絶頂につづく衰弱が『小さな死』と考えられているほど、その意味ははっきりしているのである。死はつねに、人間には興奮の暴力につづく引潮の象徴である。」(P145)

>「生殖という目的から独立した性活動でさえ…略…生殖の形式である分裂繁殖に依拠しなければならぬ。」(P146)

 「戦場とエロティシズム」の問題は、ジェンダー差別についての洞察が少ない今、語り尽くすことが困難です。とはいえ、無知や誤謬から「慰安婦」を貶める言動は見過ごすことができませんから、今回は言葉足らずでありながら考察してみました。今回の描き下ろしは、あまりに躓きましたから「歴史哲学」の本まで引っ張り出して、問題の立て方を再考してみました。(悔恨です)

 歴史の「二つの独立した因果の衝突」の解き方について歴史家E・H・カーは、次のように言っています。

>「現在の光に照らして過去の理解を進め、過去の光に照らして現在の理解を進める」(『歴史とは何か』岩波新書P145)

歴史は科学であると明言した上で、また以下のようにも言っています。

>「歴史の外にある源泉から現われてくるものではありません。」(同上P176)

そうして、当時台頭してきた構築主義の歴史意識について以下のように忠告しています。>「歴史は何の意味も持っていない、あるいは、どれも甲乙のない沢山の意味を持っている」(同上P161)などとは、>「何でも好きな意味を歴史に与えることができるという見方」は、>「とうてい承認できない。」

>「真理」は、「事実の世界と価値の世界とに二股かけたものであり両方の要素で成り立っている。」

 としても証明するべきものであり、歴史から断片を抜出し、修繕とか「やりくり」をして自分の主観で歴史を描くのは罪であると言っています。 

独断論をいうことのないE・H・カーですが、著書の最後に来て毅然として提言しています。それは、歴史を探求する者は、理性の名において

>「不断に動く世界に対する行き届いた感覚」を鈍らせてはいけない。」(同上P233)

 切り捨てられてきた記憶

 ここで、20世紀の世界大戦の犠牲者でもあるベンヤミン(思想家)の呼び声を紹介させていただきます。

>「史的唯物論はつねに勝利しなければならない。なぜなら歴史において抑圧され辱めを受けた人びとの救済は,史的唯物論の正しい作り直しとその活用に掛かっているからである。」(『ベンヤミン・コレクション〈1〉近代の意味』P648)

>「《過去が現在に対して持つ》この請求権をぞんざいに取り扱うことはできない。史的唯物論はこのことをわきまえている。」(同上P694)

多くの人が、ベンヤミンマルクス主義者を揶揄したといいますが誤解であると思います。マルクスを熟読したベンヤミンは,マルクスの思想が軽薄に聖典化される傾向に義憤を抱いていましたからシニカルにマルクス主義教条主義者を揶揄することがありました。しかし、実は真の革命的救済の可能性を常に模索していました。

朴裕河氏は、事実の欠片を無造作に拾い集めて、シャッフルして自分の主観的な真実のイメージを夢想させようとしたのでしょうか?『帝国の慰安婦』は歴史の記述に誤謬が多く、また内容が錯綜していて混乱も見られますが…そこに、その行間から、私には著者の嘆息が聞こえてきたような気がします。とはいえ、どうか「慰安婦」に唾吐くような行いばかりは止めてください。

慰安婦」は謝罪せよと歯に衣着せぬ呪詛のように訴えていますが、「慰安婦」たちは、ずっと奪われつづけてきたもの〈そのもの〉を欲求しているにすぎません。

 蘇生を渇望する国家主義

 集団ナルシシズムで潤色された物語は、ネガティブにカテゴライズする強い傾向を持つものですが、日本の「国家主義者」たちは不都合な真実を覆い隠しながら、反動的でパラノイア的な「国家の物語」に成長させてきました。今般、NGOや女性団体の活動が拡大し、その国際的な協力が飛躍し、「慰安婦」問題が国際法の分野で女性の権利侵害の歴史的な実例として1990年代から広く言及され、国際法の文献においても「慰安婦」問題が第二次大戦中の性的犯罪として国際的問題となると、日本の自由主義史観論者、国家主義者は、狼狽をひた隠しにしながら、逆に傍若無人に、被植民地国を嘲笑し、「慰安婦」を貶めてきました。

今日、まるで鬼の首でも取ったように「慰安婦」に対して、証明のための証言を求めるのです。笑止千万です。戦後70年間も遺棄され、切り捨てられてきた記憶なのです。もしも、四半世紀昔であれば、多様な証言を包摂した「記録集」ができたはずなのですが、自分たちの不作為を棚上げして、口角泡飛ばして「虚言」とバッシングしています。

縛られていた、いくつもの錠前が外されたとはいっても、記憶は痙攣の渦のなかで朦朧としていったのだし、必死で拭い去ろうとしてきたのです。あまりに長い歳月、辱められ傷つけられ恐怖のあまり言葉を失っていたのです。その古い記憶を昨日の今日のように証言してほしいとは無理な話なのです。(記憶は片鱗でしかないとはしても、胸の奥底に沈殿していますが、人生の最終章にきて肉体は衰弱しています。無理な話です。)

これまで、私は何度も、慰安婦」が受けた苦痛というものを熟考するならば、罪人の苦しみによって支払われる〈交換〉物などもとより無い、と繰り返してきました。これは、〈ニーチェ〉の方程式《惹き起こした損害=受けるべき苦痛》から引いたものです。

「良心の呵責」と「罪責感」とは、ニーチェ『道徳の系譜』第2論文《「罪」「疾しい良心」およびこれに関連したその他の論文》に書かれています。

ニーチェが語る「国家」はしばしば誤解されますが、>「金髪の肉食獣の群れであり、征服者かつ支配者である。」との記述は、18世紀台頭してきた『古代ギリシャのアーリア起源説』への急進的な反立として書かれています。「金髪の猛獣」とは、ヒットラーが瞞着したアーリア人を指しています。それは、BC2千年紀から旧大陸全域にわたって移動をはじめた[インド-ヨーロッパ族]です。これが16世紀以降、ドイツ民族主義者やロマン主義者の間で人気が出たのです。(スウェーデンはゴート起源説(誤謬)から30年戦争に介入していました。)
ニーチェは19世紀中庸から末にかけての「ヨーロッパ精神」の荒廃が独裁者を誕生させると杞憂し、ゲーテ箴言詩にあるように「心楽しく抗議(プロテスト)」したのですが、20世紀、いたるところで歪曲されました。惜しいことです。
ニーチェは常に、世界は不条理であるから、「生命は自立した倫理を持つべき」と説教していました。

すべてを「テキスト」から引用するべきですが、なじみのない方には読みにくいと思われますから、僭越ながら私が意訳したいと思います。
日本の国家主義は、敗戦後、自らの記憶を抑圧して、新しい共同の集合体日本遺族会など)と縁組することによって〈再生〉を試みました。

さて、ここで朴裕河氏は、再三再四、加害者もまた犠牲者であったと語り、藤原帰一氏も、>「加害者は犠牲者でもある」と発言し、加害者の被害者性に思いを馳せています。が、ここで、その陥穽についてキッチリと指摘したいと思います。

その被害者性を〈犠牲者=加害者〉と仮定してみましょう。そうして、これをニーチェの〈惹き起こした損害=受けるべき苦痛〉に置き換えてみるのです。意訳しますが…、罪人の苦痛が、彼が惹き起こした損害と等価物であるか、否かを考えてみます。と、ここで、被害者の側に置き換えて考えてみましょう。すると、自分の受けた損害が〈加害者の苦しみによって支払われる〉などと説明することが〈いかにして可能か!〉という疑問がわいてきます。

ニーチェは、罪人(加害者)が、《悪い債務者》である場合には、罰としての刻印は加害者の身体に十分には喰いこまず、よって、関係は破棄されてしまうと言っています。しかし、人間には無意識の内にも〈原始的な正義〉というものがあって、切り捨てた過去の記憶は反響し、残響しつづけると云うのです。

〈債務者〉は、利己主義を決め込んだとしても潜在意識として「良心の呵責」を抱えることになったのです。(なるほど、これが、朴氏がいう日本軍隊兵士もまた心に傷を負った、に符号します。)思考力が浅い人の場合、混同も致し方ないものかもしれません。その記憶された場面とは、たしかに「ひとつの事柄」なのですから。私は上に「一つの網をかけて意味を飛躍させ」たと問題提出しましたが、その一つの場面弁証法によって検証してみるなば、双子のように似ていても、別物であると分かるはずです。

しかし、>「『焔を吹いて吠えながら語る』あの犬の《国家》」を、>「ここで見逃してしまうと、今度は>「何のためらいもなく、恐るべき爪牙をふるう」のだから、>「今度という今度は、ペシミズム的な霧の中に消され」てしまわないように、しっかりと罰を与えなければならないニーチェは警告しています。

が、ここで勘違いしてはなりません。罪を償ったといったところで、さて〈犠牲者〉の記憶は拭い去られるわけではないのです。〈犠牲者〉(債務者)の胸の底では、あの記憶が依然として反響し残響し続けるのです。

少し脱線しますが、「刑罰の起源と目的」(『道徳の系譜』同上P138)は、>「〔犯された損害への〕復讐や〔将来の犯罪を防ぐための〕威嚇のようなもの」であり、その効用とは、>「への意志が自分よりも力の弱いものを支配する主人となり、ある機能の意味をの弱いものに押しつけ」て、社会は法の秩序をつくりあげていったわけです。これらは、ニーチェが、カントの『純粋理性批判』、『実践理性批判』に人間の残酷な匂いをかぎとって書かれたものです。(ニーチェのテキストは読みやすいために勘違いされますが、実は古典文献学の権威であり、誰よりもあらゆる古典の文献を網羅して読み込んでいました。

私は、ここで形而上学を援用してはいませんが、「慰安婦」が「赦す」とは、まさに〈他者中心性の愛〉のようなものであると思います。それは、〈神聖な価値〉とも呼ばれるものであり、友情や個人の名誉は、他の価値、例えば金銭によって回復されることはありないという意味です。

世界に広く広まっている寓話に《群盲象をなでる》があります。これは予定調和を謳っているものではないと思います。「真実」とは、ある種の条件付きで洞察と努力によって獲得しうるものと教えているように思います。『帝国の慰安婦』では、著者自身が二項対立という思考を避けたいと言いながら、慰安婦」支援の人々を揶揄して容易く善玉と悪玉をつくり出し、実に自身が二項対立の論によって世論を分裂させています。これをヒューマニズム、道徳として押しつけてきては、日韓の間の隔たりにさらなる亀裂をつくることになります。

 

追記 :戦場の兵士にも被害者性を見ます。戦争が長引くにつれて、部隊は疲弊していき、恫喝と挑発に頼って叱咤激励して生き延びました。(その多くは、無念の死を遂げました。)

兵士は、夜空を見上げては、雲の向こうには星空があるのだからと自らに言い聞かせながら自己の恐怖というものを紛らわせるしかなかったのです。とは、いえ、敗戦後、己の罪を下級兵士に押しつけたり、いわんや被植民地国出身の軍属を「B・C戦犯」としてつき出したのも日本軍隊であったことを鑑みれば、被植民地国の慟哭とは天をも突くようなものでしょう。謝罪文であるとして、儀礼的に謝った振りをして、被害者がうな垂れると途端に豹変して「謝ったというのに、まだ文句があるのか」と猛々しく怒鳴る…その一端を垣間見ていた群衆は、今度は皆で輪になって被害者をバッシングするのです。不条理この上ありません。