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mopetto2012のブログ

朴裕河氏が『帝国の慰安婦』を著しました。私は、そこに差し出された「新しい偽善のかたち」から誤謬の一つ一つを拾いつつ、偏狭な理念に拒否を、さらなる抑圧に異議申し立てをしていくものです。

朴裕河批判(7)『なんじら、さらに知らんと欲するや そも何を?』

 

「187名の署名」を知ったとき、私は動揺し、しばらく思考が止まってしまいました。ふと我に返ったとき、なぜか北欧神話―巫女の予言の秘文を解く』にある詩編の一節を思い出しました。それは、『詩のエッダ(古エッダ)』のなかの一節です。オスロ合意」が脳裏を過ったのです。1993年、ノルウェー政府はシャドーワークに徹して成立のために尽力したノルウェー連帯の絆は「民族」でした。(※Ⅱ:筆者『後書き』に詳細を記す)

 タイトル『なんじら、さらに知らんと欲するや そも何を?』の一句は、『詩のエッダ(古エッダ)』からの引用です。(※下記Ⅰ)

 

『神々の没落―ラグナロク―に向かって〈誓約破棄〉』

ソールはただひとり その場にて 殴殺せり

憤怒に燃えて、

彼なれば 座視すること あたわず

かかることを 聞きつけたる上は。

誓いは 破れたり、

言葉も 誓約も、

すべての 厳粛なる 取り決めも、

間で 取りかわされしところの。

(※Ⅰ)スカンディナビア神話とも呼ばれています。ノルウェースウェーデンデンマークアイスランドおよびフェロー諸島の人々は、容赦なくキリスト教へ改宗させられましたが、その背景に、古代北欧異教徒の人生観〈ある特有な一つの概念〉である『罪』の概念を明らかにしています。それは極めて簡潔であり、「偽証」、「殺人」、「裏切り」、「欺瞞」です。

 ラグナロクの戦い」によって、「無垢の時代(黄金時代)」と「堕落の、崩壊の時代」との間に境界が引かれて「時代の転換」が始まりました。未来に対する恐れ、不安から思い煩いさらに戦いが続きます。【巫女の予言】は、>「なんじら、さらに知らんと欲するや そも何を?」と繰り返し言います。

 

 【日本の歴史家を支持する声明】が発表されました

http://www.asahi.com/articles/ASH575KGGH57UHBI01Y.html[朝日新聞デジタル]

リーダーの一人である〈米コネティカット大学〉アレクシス・ダデン教授は声明作成のプロセスについて、「比較的小さな研究界でこれだけの署名が集まることは画期的」と述べています。その動機については、日本の今般の憂慮すべき風潮に対して意見を述べなければならないと決意したといいます。

米国では今年2月、日本政府が歴史教科書を出した米出版社に対して慰安婦関連の文書の訂正を要請したことで「検閲」との批判の声があがり、そのニュースは世界を駆け巡りましたが、その後も、>「特定の歴史について率直な議論を規制する日本の動き」に対して研究者間で懸念が拡大しているため、知識人たちは慎重に着々と準備して発表に至ったとあります。以下に詳細記事。

 【187人声明」は、"反日"でも"反韓"でもない】[東洋経済オンライン] 2015年05月16日

http://toyokeizai.net/articles/-/69930

 

くしくも直前4月29日安倍晋三首相が【米上下両院合同会議】で演説を行っていました。その日は、昭和天皇誕生日

「知識人」たちは、首相が『演説』で述べた〈言質〉を逆手にとって「大胆に行動することを首相に期待」して、小異を別にして、なだめて宥めて「大同団結」に就いたようです。

 「敗戦後」、〈出来事〉を忘却し、「歴史」を葬りさろうとしてきた日本です。ヒューマンライツなドキュメントには、裏面史があるものです。事態の推移には人目につかぬ努力が払われていたようです。アメリカ在住日本人[社会哲学者] 小山エミ氏は、必要の急迫のもとに最善を尽くして論考を書かれました。以下にご紹介させていただきます。

 

【世界の日本研究者ら187名による「日本の歴史家を支持する声明」の背景と狙い】

http://synodos.jp/international/13990/2

       *[小山エミ氏プロフィール]非営利インターセックス・イニシアティヴ代表。「脱植民地化を目指す日米フェミニストネットワーク(FeND)」共同呼びかけ人。

 <日本研究者>さらに賛同者、456人に  [毎日新聞]5月19日

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150519-00000111-mai-int

>「欧米の日本研究者ら187人が、戦後70年を過去の植民地支配や侵略の過ちを清算する機会にするよう安倍政権に求めた声明に対し、さらに賛同者が269人増え、世界で456人が署名したことが19日、分かった。欧米では、安倍政権歴史認識に対する懸念が高まっており、8月にも首相が表明する戦後70年談話を念頭においた欧米から日本への進言といえる。」

 

「亡霊が蠢く真夜中」…不吉な予感がします

ひとつのヒューマンライツな物語が、胸を突き刺すことだってあります。【日本の歴史家を支持する声明】を読んだとき、私は戸惑い、やがて身の内から漠然とした隠うつな気分がわいてきました。

 灰色で、乾いている、したたかな分別のある声明文。新しい真理の姿を探って「中立の姿勢」を崩さず、より現実的なものとして練り上げられたものなのでしょう。それは、あたかも熟練した沈没船引上げ作業のようです。この「人間の仕事」に携わった人々の声を聞くと、そこには努力に満ちた喜びの手さえ感じられます。

にもかかわらず、私は、この「声明文」を繰り返し読んでは、月の見えない闇夜に立ったような空虚感に包まれてしまいました。それは、満月が欠けはじめて、ついに下弦で光が消えたような下降です。

 私を突き崩した一文は以下です。

>「その中でも、争いごとの原因となっている最も深刻な問題のひとつに、いわゆる「慰安婦」制度の問題があります。この問題は、日本だけでなく、韓国と中国の民族主義的な暴言によっても、あまりにゆがめられてきました。」

 私は、ブログ【朴裕河『帝国の慰安婦批判(1)〈拒絶するという序列化のロジック〉】にて、誤謬について指摘するために民族主義」、「国家主義」、「ナショナリズム」、「国民主義」、「国民国家について触れながら、その概念規定が雑駁すぎる点を批判していました。ところが、上の声明文にさえ、民族主義概念について見過ごすことのできない言葉の用語の問題を発見してしまったのです。

 まさか、無名無産の私が、世界の叡智「知の巨人」たちが練りに練り上げた声明文に矢を放つことなどできましょうか?内田樹も、自らのツイッターにて以下のように言っています。

>「とても重要な文章だと思います。書いてある内容もそうですが、論理の進め方、情理の尽くし方において学ぶべきことが多いと思います。」

>「それは英語本分、翻訳文ともに『修整の余地』がない。」

 と称えていますから、私の挑戦とは無謀なものであるかもしれません。にもかかわらず、鬱々と考えたあげく、私は、不体裁な姿をさらしてでも、やはりその虚栄を突かなくてらないと思うようになりました。

ここは、怖気を振るって民衆の常識に着目したいと思います。「実践〈慣習〉の転覆」こそが人間の総体=社会の変革につながっていくと思いますから、私なりに自己批判な超克へと通じるように道を探して書いてみます。

グラムシは、「カタルシス」的契機の定着は「実践の哲学全体の出発点になる」と書いています。

>但し「その意志というのは歴史的客観的必然性に照応する限りにおいて、合理的であって『恣意的』でない意志のことである」

>「この意志ははじめは一人の個人によって表現されたとしても、その合理性は、それが多数の人々によって迎えられるという事実、すなわち、その意志が一つの文化、一つの『良識』、その構造に照応する一つの倫理をもった一つの世界観となるという事実によって裏書される。〔Q11(XⅧ1932‐1933:〈INTRODOUZIONE ALLAFILOSOFIA〉§〈59〉.P1485〕

 

ナショナリズムの極点について

悪の権化でもあるかのように呼ばれる民族主義」「ナショナリズムですが、その原語は〔nationalism〕であり、実は翻訳においては民族主義」、「国家主義」、「国粋主義などの語が当てられています。

その背景は、フランス革命に始まります。ナポレオン戦争の動乱から拡がって1815年【ウィーン講和会議によって新しい経済秩序(漸進的膨張による世界経済体制)が形成されていきました。

野心的で無遠慮で軍事的征服者である〈大王〉は、「通商戦争」によって国民の集団的利害を煽り、「国家」と「国民」が同一視することに成功したのです。

※「良くも悪しくも、私の国」というスローガンは19世紀、アメリカで作られたものです。

 

以下を、『世界大百科事典:平凡社』27巻P576以降より引用します。

>「『民族』とは、伝統的文化の共有という客観的基準のほかに、〈われわれ意識〉という主観的基準が加わっている。それは固定したものでは無く、歴史的に生成され変化を遂げていくものである。」

>「人々は自民族のアイディンティティを明らかにしようとする欲求に支えられている。」

>「【民族形成】ふつう長期にわたる過程であって、さまざまな要因が背景にある。事実上、完全に孤立して存在してきた民族は存在しない。」 

>「複数の構成要素を含むばかりでなく、しばしば担い手としての集団、あるいは個人の移住、混血が民族形成の重要な時期として在る。」

>「【意識共同体としての成立】古墳時代以来の政治的統合の進行に伴って、日本列島の大部分の住民が単一の国家に属するようになった。」

 >「【民族意識の萌芽】他民族との接触、他民族との対決のとき、〈われわれ日本人〉という意識が成長して、とくにその接触が摩擦、ことに武力による対決を含んでいる場合尖鋭となり高揚する。※663年、『白村江戦い』唐・新羅連合に敗れた後、日本列島に閉じこもるようになった。

>「【政治と民族】一般に、集団の単位が地縁的・血縁的共同体に近いほど民族の虚構性が薄れ文化的実体と重なり合う。逆に、集団の単位が大きいほど政治的虚構に近づき、その極致が『国民国家』(nation state)に他ならない。」※近代国家は、文化的シンボルに依存する場合が多い。 

19世紀、労働者には祖国が無かった!

19世紀の自由民主主義」ナショナリズム民主化に向かいます。酔いやすい安酒をたらふく飲まされて、大衆は国家に対して忠誠心を示すようになっていったのです。1914年の危機によって、労働者大衆は自分のパンのどちら側にバターが塗られているかに気づいてしまいました。

 ここで留意したいのは、近代におけるナショナリズムの膨張についてです。これを政治家が犯した錯誤であると考える人は多数であると思いますが、誤謬と思います。「群衆と権力」の関係を省察する必要があります。

「戦争」によって経済領域を侵略し征服した欧米の経済ナショナリズムは、中産階級から大衆へと拡大していくのですが、その継続的過程のなかで進んでいったのです。そうして大衆を巻き込んで低廉な賃金で働く労働者は食物への関心に囚われていて、19世紀後半まで、しばしの間、自由貿易の伝統に忠実でいるしかありませんでした。

 1914年の世界戦争は、こうした近代国家間の最初の戦争でした。「国家」は勝つために、政策の手段として、民衆の民族的憎悪感を意識的に煽っていき、そうして、多くの「国民」が《敵国の国民に罰を与えるための正当な戦争目的があるのだ》と考えるようになっていったのです。こうして、抽象概念の背後にある個人主義というものが、理解されないままで、「民主主義」という文言が鼓舞されていきました。

それは、大衆を政治的志向から経済的志向へと転換させていったのであり、人々は「経済ナショナリズム」へと熱烈に凝り固まってったのです。

※近代ナショナリズムの始祖はルソーです。知る人ぞ知るですが、ルソーは、国家が一人の主権者、あるいは一つの支配階級のうちに具現化されることを危惧して、「国家」と「人民」を同一視して言論を張っていきました。とはいえ、その実、「普通選挙」権による民主主義には反対の論を張っていたのですが…。つまり、「啓蒙期」のコスモポリタニズムは、ロマン主義運動のナショナリズムへと置き換えられたということです。

 

もちろん、新しい社会層の勃興によって普通義務教育の導入、また選挙権の拡張によって、巨大な困窮と苦痛に耐えていた労働者の政治意識は成長し自らの政治的権利を主張するようになっていきます。こうして複雑な実態を認識しない人々は、ナショナリズム」とは、「インターナショナリズム」への幸先よい踏み石であると見るようになりました。ここに、ナショナリズム社会主義の同盟が始まっていったのです。

 

 この大衆のナショナリズムは、やがてナチスの「国民社会主義」の誕生につながっていきました。

「環を握って」国民を指図する国家の諸活動に対して民衆の監督権が確立されて…国家と労働者大衆は共犯関係を結んでいくことになったのです。

「鉄血政策」で知られるビスマルクは、社会主義労働者党の得票数が急伸長する事態に危機感をもち、選挙に勝つためには、社会保険政策として「疾病保険法」「災害保険法」「老齢・廃疾保険法」を実施しなければなりませんでした。

※「国民社会主義」との言葉は、ヒットラーの発明ではありません。1895年頃、フリードリッヒ・ナウマンが組織した知識人の一団が名乗ったものです。ヒットラーは、キャッチコピーの名手ですが実にパクリに長けていたのです。

 ※1907年、オーストラリアの社会民主主義者オットー・バウアーは、「諸国民の間の分化の増大、その特殊性の強調の先鋭化、その国民性の区別の強度化」を意味するとして、台頭してきたインターナショナリズムの理論「諸国民の間の相違を縮めまたは除去するだろう」という主張を痛烈に批判しました。

 

1931年以後、労働者は雇主と同様に、産業の保護と補助金にこそ関心をもちました。そうして「外国貿易」の独占こそが鍵であると考えるようになっていき「植民地争奪戦」に駆り立てられていったのです。

その技術とは、実は、一点非の打ちどころもない社会主義原則にも見事に一致しています。

こうして国家は、戦争においてその全力を発揮するために徹頭徹尾社会主義的な政策に訴えて〈敵〉を攻撃していきました。

 当然、邪悪な野蛮な侵略にたいして【民族解放戦争】が起きていきます。

>「植民地・従属国の被抑圧民族が、宗主国の支配・干渉を排除して民族の独立を獲得するために為される戦争。(『世界大百科事典:平凡社』27巻)

 愛国心とは愛郷心〈郷土愛〉あるいは〈祖国愛〉ともいわれ、自分が帰属する親密な共同体にたいして抱く愛着や忠誠の意識と行動です。ところが、外から、自分の属する集団の生活が侵害されるとなれば、それに対して防御的に対決していくことになります。

このような愛国心の心的原型》は、他の集団を異質な〈外集団〉として区別し〈内集団意識〉をつくります。それは郷土愛やお国自慢にとどまらず、歴史の状況の中で場合によっては「自民族中心主義」(ethno-centrism)になっていきやすく、国粋主義すら生んでいきます。

日本において、「愛国心」は、近代〈権力〉によって促成栽培されたという歴史的経緯がありますから、日本語の〈愛国心〉には国家主義的な意味合いがつきまといがちです。(『平凡社 世界百科事典』)

 

 朴裕河著『帝国の慰安婦』は、「歴史」についての誤謬が目を覆いたいばかりなのですが、「植民地問題」、帝国主義への中核をなす概念に触れると、その不安定さは小児病的です。是非とも、著者自身に再検討していただきたいと望んでいます。

 

膨大な数の犠牲者の上に築かれた繁栄

1848年、革命によって【ウィーン体制】が崩壊します。そうして、いわゆる「諸国民の春」が到来し、ヨーロッパには新たな状況が生み出されます。が、しかし、周知のように第一次世界大戦後、ナショナリズム最終的破産にむかって疾走していくことになりました。

 第二次世界大戦は、西ヨーロッパよりも東ヨーロッパにおいて兇猛に戦われ、ユダヤ【ジェノサイド(大量殺りく)】が行われました。またアジア・太平洋では多くの無辜の人が残忍野蛮に撲滅されました。いずれも〈非人道性〉と〈過酷〉さにおいて…言葉では表しようもありません。

しかし、ここで見落としてはならない点は、20世紀「戦争の世紀」において、西ヨーロッパが〈蛮行〉の例外ではなかったということです。

 第二次大戦後、欧米の先進国、また仲間入りした日本は、出来上がった既得権をいずれも取得したまま、相変わらず自らの権利の主張に躍起になっています。

 

何をやったのか、何をやらなかったのか!【為すべきことは分かっていたが、何も為さずにきた】との自己省察は、喉元過ぎれば熱さを忘れるのごとくにさっさと棚上げされてしまいました。

個人郡からなる「国民社会」と、国家群からなる「国際社会」のあいだに、いつのまにか類推が与えられて「民主主義」という国際的雄弁術が踊りだしました。この錯誤という悲喜劇が〈つき混ぜ〉〈ない交ぜ〉されて、先進国はスマートに健忘症を装うことができました。

 また、1919年の講和条約は、「民族的自決」という高邁な思想を妥当な原則としましたが、この民族自決主義が「分離」への永久的な魅力になったようです。ユーゴスラビアチェコスロは、オーストリアハンガリーを分割してつくられましたが、これらもやがて分割する運動を継承することになり、結局は大国の思惑に翻弄され続けています。この波及は、アラブ世界に、インドに、極東世界に急速に拡大していきました。

民族自決とは、「民族集団」が狭い境界線によって仕分けられている場合にのみ享受することができるものと思います。

実際、その国境線が関係住民の希望に合致するようにのみ引かれたと仮定してみましょう。ところが、地政学事情によっては、「軍事的安全」という大国の戦略的要請から忽ちのうちに力を受けてしまいます。また極端に走って「言語」を国民的忠誠の証明であるようにエスニック少数者を集団として「民族自決によって小国をつくった事例もあります。

ところが、これが帝国アメリカの理屈「善隣関係は、同一の戦略的安全地帯にある諸小国と一大国とが平時および戦時において同盟国になる。」とされては、やがて呑みこまれてしまう危険があります。

大国の権利と小国の権利が同一視されてよいわけがありません。また、少数民族の運動は、地縁集団に近いことから擬制の度合いが小さいとはいえ、「民族」シンボルが運動内部のリーダーシップによって操作されることが〈まま〉あり紛争が絶えません。

 「民族」、国民国家の概念は、21世紀以降、新しく書き換えられているのですが、ニッポン国の安倍晋三首相は、未だにヒットラーの流儀と区別できないようなキャッチコピーを連発して何ら恥じることがありません。

彼が最も好む「民族の自由」なるものが、実は、人々の【基本的人権と自由】という命題を一貫して否認することになっているという事実に、ご当人は未だに気づいていないようです。【自由の権利】と【平等の権利】は、個人のみに属するものであって「民族」に属するのもではあり得ないのに、です。

 

 拒絶する人の前途と一致しうるのか?

【日本の歴史家を支持する声明】は、拒絶する慰安婦の前途と一致しうるのでしょうか?

ひじょうに静的、抽象的表現であり、学問的です。認識論的な価値を持った主張であり、この声明は、心理学的にも道徳的にも「合理的反映」であると思います。「人類全体を包含する最大の関係」への配慮に満ちています。

>合理性の根拠は、「多数の人々によって迎えられる」という【最大の功利主義】であるという『有用なもの』であるかどうかにかかっている。」といいます。」(参考:グラムシ『カタルシス』と『合理性』)

 が、この期に及んで、私はグラムシの教えから束の間、逸脱します。

>「看られるように、『実践の哲学』は、現実の諸矛盾の『反映』なのであるから、人間がそれを媒介として『矛盾』の諸相を把み、それを変革、消滅していくことが眼目なのである。」とあります。

 「非政治的である」と喧しく説明されても、【日本の歴史家を支持する声明】に集ったメンバーは皆々、「知識人」として影響力をもっていると自負しておられます。名実ともに権威なのです。

いやしくも「権威」である以上、この計画は、「政治権力」というものと無関係ではなかったはずです。つまり、政治的権威を示していると思います。

戦前も、今日も、「非政治的」活動であると弁明しながら、その実、権威者がメンバーであるという〈威信〉によって、多国政府の許容と承認を得て、匿名的機関によって運営されている「国際機関」があります。

が、それは当然のこと先行する政治権力が立ちはだかっているという事実において、まごうことなく、やはり政治的なのです。「一つの世界」のような通俗的なスローガンが唱道されるとき、わたしたちは十分に用心しなくてはならないと思います。

 提供された「知性の言葉」が、進歩的で革新に満ちているとしても、また、それが革命的なテーマに呼応しているように見えるとしても、けれども、そもそも、その「生産装置」は、70年前、いや一世紀前につくられたものなのです。

その〈ひび割れ〉は、今では隠しようがありません。ですから、不用意にも、>「この問題は、日本だけでなく、韓国と中国の民族主義的な暴言によっても、あまりにゆがめられてきました。」と、十派ひとからげにするような短絡的な表現は避けるべきと思うのです。あえて指摘するのであれば、具体的な事例をあげてその根拠を述べるべきではないでしょうか?

 この声明文は、学際的でありながら、しかし、暗々裏に政治的な主張を潜ませているように見えてなりません。米国は「歴史問題を巡って日韓の亀裂が深まり、東アジアの安全保障体制が揺らぐことへの懸念も強い」と言いますがすが、この声明文の眼目は、むしろ「中国」なのではないでしょうか?

 つづく

私のブログ記事は、長文すぎて冗長になってしまっています。ここで【続】とさせていただきます。次回は、間もなく掲載したいと思います。

タイトルは、【『慰安婦』の拒絶とは峻厳なるものです】となります。民族主義」「国家主義からの発言ではありません。実は、言われるところの韓国の民族主義、中国の民族主義の「物語」を書きたかったのですが、今というとき、人の胸を打つ「民族」の物語を書くならば、情緒的、情動的と誹られるかもしれません。そこで、今回は、その前提として「概念」について書いておきたいと思いました。

また記事中、2015年4月23日、参議院議員会館1階講堂で行なわれた【安倍首相訪米前 緊急シンポジウム慰安婦問題、解決は可能だ!!】への賛同と、その根拠を記事に書きます。

https://www.youtube.com/watch?v=fWkdV3fXpZc

 また、『韓国と中国の民族主義的な暴言』なるものを分析して、つとめて穏やかに批判したいと思います。

 

《後書き》

筆者は、訂正前の記事にて「ブレヒトの亡命の悲歌『スヴェンボルからの詩』(1939年)から引用しましたが、それは表現したい主題からすると、あまりにも持って回った言い方でした。悔恨です。今さらではありますが、書き直しさせていただきました。

 もともと、記事は『詩のエッダ(古エッダ)』から『神々の没落―ラグナロク―に向かって〈誓約破棄〉』を引用して書いたのですが、掲載しようとする直前、【日本の歴史家を支持する声明】を知り、悄然としたまま項垂れてしまったのです。

米歴史研究者らの声明にある、>「韓国と中国の民族主義的な暴言によっても、あまりにゆがめられてきました。」との表現を反芻し、反芻すると躊躇するばかりでした。

 実は、当初のタイトルの予定は【朴裕河批判(7)『昼なお昏き森』】だったのです。日本のなかの右派、自由主義史観論者の狂気の沙汰とも思えるような行動、また朴裕河氏の精力的な『帝国の慰安婦』正当化論、日本における活発な講演活動を眺めて、まだまだ「昏い」日本を危惧するからです。

 そこへ予定していた、『ラグナロク神話〈誓約破棄〉』の記載は強すぎるかもしれないと杞憂することになりました。それは、スカンディナビアの「民族の魂」を謳いあげたものだからです。筆者が、古いナショナリズムの持ち主として誤解を受けかねないと思いました。それは、歴史意識が「原初主義的な見方」と評さる鄭大均氏と同質と受け止められては困るというものです。鄭氏がかつて『韓国のナショナリズム』に書いたような、極めて情緒的なナショナリズムです。

>「血と歴史をともにする民族というものは厳然と存在するので、わが身が他人の身体になれないように、この民族が他の民族になれないことは、あたかも兄弟であっても、一つの屋根の下で暮らすのが難しいようなものである」

 そこで、再検討して『スヴェンボルからの詩』から引用して、智慧」と「感謝」をテーマに切り替えたのでした。ブレヒトは、1933年から39年まで亡命者のようにデンマーク〈スヴェンボル〉に滞在し、北欧神話にも強い刺激を受けていたからです。隠喩として、そのエッセンスが盛り込まれています。

「民族」をキーワードにしての闘いは、今日でも世界中で展開されていますが、それは、ヨーロッパにおいても歴然としていますし(スコットランド北アイルランドカタルーニャetc.)、南アジア、東南アジア、中東、アフリカ、南アメリカetc.では枚挙にいとまがありません。枚挙にいとまがありません。

が、【NO8】を掲載する段になって、【NO7】を読んだとき、我ながら仰け反ってしまいました。読者のみなさんは、さぞかし不快に感じたのではと思いました。唐突にブレヒトが登場したのでは〈ブログの主題〉テーマと全くクロスしません。

そこで、身勝手ではあり、不体裁この上ないのですが、正直に、当初書きたかった構想の通りに書き換えたいと思いました。

スカンディナビア半島の国々は、高負担高福祉福祉国家で知られますが、もともと岩と氷と森林の国、霧と沼の国であり、第二次世界大戦前までは貧しい国でした。凄惨な侵略に苦しみ、闘い続ける歴史でした。その戦いの合言葉は「祖国」であり「民族」だったのです。(現在もウクライナが大国の思惑から東西に引き裂かれて戦闘状態です。)

世界で最も男女平等が浸透し、男女間の機会均等、社会参加、利益において男女の差がなく[GDI][ GDP]、[人間開発指数HDI)]で、世界トップクラスに位置して、平均寿命、就学率、成人識字率ともに世界的に高く、自由で平等に行き渡っていることが知られていますが、それらはもちろん、天から降ってきたものではありません。北海の「石油、天然ガスの多くは貯蓄され、そうしてまた多額を海外の人道支援開発援助に当てています。国民一人一人の生活は質実剛健であり贅沢を好みません。

ノルウェーには、今日も多くの「紛争調停」の依頼が持ち込まれ、そうして惜しみのない努力を払っています。国民がこぞって国際支援を支持しているというのです。ノルウェーでは、イスラム教も静かな信仰を保障されています。労働組合NGOを組織して率先して国際貢献をしていますが、それは政府から潤沢な資金提供を受けているから可能になっています(金を出しても口は出さない)。なぜ?いかにして可能か?

そのような北欧の福祉について学ぶうちに私が遭遇したのが北欧神話でした。

厳しい自然との戦いは、民族に「思惟への真摯さとそれへの沈潜」を生み、道義の純粋さを守って他国の影響によることなく自力で立つことを促したといわれていますが、その源泉は「北欧異教神話」―「異教時代の北欧人の精神生活」にあると知りました。異教的北欧人の信仰の核心はラグナロク神話』であるといわれています。

強調されているのは、現在の状態はあるべき状態ではなく、「根源的調和」は破れており、ある混乱、ある堕落が起こったという自覚です。この場合、「罪」なるものは、キリスト教における「主我性」の蔓延のようなものを指すのではなくて、むしろ、〈高貴な力〉が〈下劣な力〉と手を結び、身を屈するといった「誇りの無さ」を罪といっています。

エッダ神話の無比の特性は、神滅論で終わることです。それは、散文的なエピローグに書かれています。民族がなぜ自分たちの神々に飽くのか、神々が古臭く弱々しいものになったとき、どのようにして彼らを捨てたかを…若き日の勝利と営為を謳いあげています。

魔法の鏡に映される「表」と「裏」が交差され、あらゆる生が「根本的な欠陥」に呻吟し、破壊されたことから生ずるさまざまな結果に耐えなければならないのですが、にもかかわらず敗北する運命にあると知りながらも、生きて戦い続けます。そうして「神々と世界」はラグナロクの戦いで負けて破滅します。「暗黒の三夜」の後、廃墟からより良き新しい世界が出現したといいます。

 ※「歴史」では、三つの氏族の長きにわたる戦争の後、互いに和解し人質を交換、異族間結婚や共同統治を行っていたされています。

リヒャルト・ワーグナーの舞台祝祭劇『ニーベルングの指環』は、これより想を得ています。シベリウスの楽曲も多くの想を得たといわれています。